【私立小のリアル】合格はゴールではなく「覚悟」の始まりだった。私立小に通わせて見えた真実

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お受験とは

「お受験」という嵐のような日々を駆け抜け、念願の制服に身を包んだ我が子を見送ってから、早いもので数年が経ちました。

合格発表のあの瞬間、震える手で番号を確認した時の喜びは今でも鮮明に覚えています。しかし、実際に数年間「私立小学校の保護者」として過ごしてみると、受験生時代には見えていなかった、あるいは「分かったつもり」になっていた現実がいくつもありました。

校風は学校によって千差万別。これはあくまで我が家の一事例に過ぎませんが、これからこの道を歩もうとしている方、あるいは今まさに迷いの中にいる方へ。 「私立小学校に入るということ」の本当の意味を、忖度なしで綴ってみたいと思います。


1. 「価値観のズレ」がないという、目に見えない贅沢

私立小学校に入って一番の恩恵を感じているのは、実は子供よりも親である私かもしれません。 その最たるものが、「教育方針や価値観のミスマッチからくるストレスのなさ」です。

学校の色に染まる子供たち

よく「私立の子は、その学校らしい顔つきになっていく」と言われますが、これは本当でした。 入学当初でもある程度〇〇小らしいなぁとは思っていましたが、月日が経つにつれ驚くほどその学校の「カラー」を纏っていきます。言葉遣い、立ち居振る舞い。歩いている姿を見るだけでもその学校の方針が表れてきます。

我が家がその学校を選んだ理由(教育方針)を、学校側が日々の生活の中で丁寧に、そして確実に子供たちに浸透させてくれている。この「家庭と学校が同じ方向を向いている」という安心感は、何物にも代えがたいものです。

「当たり前」の水準が高い環境

公立小学校であれば、多様性が美徳とされる一方で、「じっと椅子に座って話を聞く」「相手を傷つける言葉を使わない」といった部分で躓いてしまうケースも少なくないと聞きます。

もちろん私立にも色々な子がいますが、少なくとも「この学校の教育を受けさせたい」と願って試験を突破してきた家庭が集まっているため、基本的なルールやマナーに対する共通認識が非常に高い。 「なぜ授業中に静かにしなければならないのか」というレベルの議論に時間を割かれることが少なく、その分、学びの本質に時間が充てられています。

先生方の「心の余裕」がもたらすもの

これは意外な発見でしたが、私立小学校の先生方は、いわゆる「ブラック企業」のような疲弊した空気を感じさせることがありません。 もちろん多忙ではあるでしょうが、学校側が環境を整え、先生方が一人ひとりの生徒と向き合う「余白」を持っているように感じます。

モンスターペアレンツのような、理不尽な要求を突きつける保護者が極めて少ないことも一因かもしれません。先生と保護者が「共に子供を育てるパートナー」として信頼関係を築けているため、先生方も委縮することなく、プロフェッショナルとしての力を存分に発揮してくださっています。


2. 華やかさの裏側にある「親の覚悟」

一方で、私立小学校生活は決して「楽」ではありません。 むしろ、コストパフォーマンスやタイパ(タイムパフォーマンス)を重視するなら、圧倒的に公立小学校に軍配が上がるでしょう。私立を選ぶということは、それ相応の「覚悟」を背負うことでもあります。

容赦ない「親の出番」とスケジューリング

共働きのバリキャリ夫婦にとって、最大の壁は「時間」です。

  • 送迎の負担: 入学当初の付き添い登校。公共交通機関を使った通学リスクへの対処。
  • 平日の行事: 保護者会、参観、行事の準備。これらが当たり前のように平日の昼間に組み込まれます。
  • 長期休暇の長さ: 公立に比べて夏休みなどが長く、その間の居場所確保も一苦労です。

特に「学童」との連携は、私立小親にとって死活問題です。 近隣の公立小のスケジュール(給食の有無や短縮授業)は学童側も把握していますが、私立小の変則的なスケジュールは、こちらから細かく伝えない限り誰も気づいてくれません。「明日、学校が休みだった!」という事態を避けるため、常にアンテナを張っておく必要があります。

フルタイム共働き家庭の場合は、周囲のサポート(祖父母やシッター、フレキシブルな職場環境)がないと、正直なところ「親が倒れる」か「仕事に支障が出る」かの二択を迫られる瞬間があります。

「我が家は貧乏だ」という錯覚

経済的な面でも、面白い(と言っては語弊がありますが)気づきがありました。 受験前は、自分たちはそれなりに裕福な部類だと思っていました。しかし、一歩私立小の世界に足を踏み入れると、その認識は見事に打ち砕かれます。

周囲には、桁が一つ二つ違うような本当の富裕層がごく自然に存在します。 子供がふとした拍子に「うちは貧乏なんだね」と口にした時は、苦笑いするしかありませんでした。私立小では裕福のレベルが違いすぎて、生活レベルが似通った住宅街によくあるどんぐりの背比べのようなマウント合戦はありません。真の富裕層は自慢するようなこともありません。我が家もマウントをとる気すら無くなり、「わー、すごーい」と素直に思うようになりました。

これについて私自身は前向きに捉えています。 一歩郊外へ出れば目立ってしまうようなある程度所得の高い家庭も、この学校というコミュニティの中では「ごく普通」として紛れることができます。嫌味な注目を浴びることなく、等身大の自分でいられる。この「匿名性のある心地よさ」は、私にとっては意外なほど気に入っているポイントです。


3. 「倍率」という数字に惑わされないでほしい

これから受験を迎える方に一番伝えたいのは、「倍率とご縁は比例しない」ということです。

我が家の受験結果を振り返ると、今通っている学校よりもずっと倍率の低い学校から、ご縁をいただけなかった経験があります。当時はショックでしたが、今ならその理由がよく分かります。

学校が見ているのは「点数」ではない

私立小学校の先生方は、単なる基礎学力や運動神経、コミュニケーション能力を「点数化」して選別しているわけではありません。 もちろん最低限のラインはあるでしょうが、それ以上に「この子は、この家庭は、我が校のカラーに合っているか?」という「フィット感」を驚くほど鋭く見ています。

我が子が今、学校の雰囲気に完璧に馴染み、毎日を楽しそうに過ごしている姿を見るたびに、「あの時、先生方は我が子の本質を見抜いてくださっていたんだな」と感謝の念が湧いてきます。

憧れやブランドだけで選ぶ危うさ

「有名な伝統校だから」「ブランドがあるから」という理由だけで学校を選ぶのは、非常に危険です。 私立小学校は、いわば「尖った教育」を提供する場所。そのトゲが我が子にとって心地よい刺激になるのか、それともただの痛みになるのか。

手間もかかる、お金もかかる、親の負担も大きい。 それでも「この学校の教育を受けさせたい」と心から思えるか。 先生方の「本気の教育」に対して、親も「本気の覚悟」で応えられるか。 その覚悟がないのであれば、公立小学校の方がよほど幸せな6年間を過ごせるはずです。


結論:どこにご縁があっても、そこが「正解」になる

数年間、私立小学校という世界に身を置いて確信したことがあります。

それは、「どこにご縁をいただいたとしても、そこがお子様にとって一番の学校になる」ということです。

受験の結果に一喜一憂し、不合格に絶望することもあるかもしれません。しかし、学校側が「合わない」と判断したということは、裏を返せば「入学してからお子様が苦労する可能性を摘んでくれた」ということでもあります。

私立小学校は、コスパで測れる場所ではありません。 子供と、そして学校と、真摯に向き合う覚悟がある親御さんには、ぜひその門を叩いてほしいと思います。 そこには、公立では決して味わえない、濃密で、温かく、そして一本芯の通った素晴らしい教育環境が待っています。

我が家は、この学校にご縁をいただけて、本当によかった。 と実際に通ってみた今、心の底からそう思っています。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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